里山のツキノワグマ 49 〜晴耕雨読と「なめとこ山の熊(宮沢賢治 著)」〜

 今朝(2020.10.24)の新潟県魚沼地方は小雨が降る時雨模様(しぐれもよう)の天候となっています。守門アメダス観測点における最低気温は9.3度ですが、山々の稜線は雲と霧に覆われています。こんな朝はストーブの前での読書も良いですよね。

(以下引用)

 

 なめとこ山の熊のことなら おもしろい。なめとこ山は大きな山だ。淵沢川は なめとこ山から出て来る。なめとこ山は一年のうち大ていの日は つめたい霧か雲かを吸ったり吐いたりしている。

 

(引用終わり)

 宮沢賢治作の童話「なめとこ山の熊」の書き出しはこのような描写で始まります。「なめとこ山」とその周囲の自然の姿が生き生きと動き出し、冒頭から読者を「なめとこ山の世界」に引き込みます。

 童話としての「なめとこ山の熊」は小学校で使う教科書にも掲載されているらしく、例えば子どもたちとの自然教室でも「なめとこ山の熊」ってお話、みんな知ってる?と問うと、「知ってる知ってる!」とか「授業でやったよ!」という反応がすぐに返ってきます。嬉しいですね。

 このお話の中では、熊撃ちの猟師小十郎と「なめとこ山」周辺に生息しているツキノワグマとの切ない因果と、その哀しみをも暖かく包み込む自然の美しさが描かれています。どのシーンも情感たっぷりですが、私が特に好きなシーンは母熊と子熊の会話の場面です。

(以下引用)

 

 すると子熊が甘えるように云ったのだ。「どうしても雪だよ、おっかさん 谷のこっち側だけ白くなっているんだもの。どうしても雪だよ。おっかさん。」
すると 母親の熊はまだしげしげ見つめていたが やっと言った。「雪でないよ、あすこへだけ降るはずがないんだもの。」子熊はまた云った。
「だから溶けないで残ったのでしょう。」「いいえ、おっかさんはあざみの芽を見に昨日あすこを通ったばかりです。」
小十郎もじっとそっちを見た。

 月の光が青じろく山の斜面を滑っていた。そこが丁度銀ののように光っているのだった。しばらくたって子熊が云った。「雪でなけぁ霜だねえ。きっとそうだ。」

 

(引用終わり)

 親子の熊の会話の世界に、熊撃ちの猟師である小十郎が心を寄せ、遠くから見守っています。無邪気で利発な文中の子熊の反応は、子育て経験のある方にはぐっと来ますね。この後、なめとこ山の熊と小十郎にどんなことが起こるのか、実際に本を御覧いただければと思います。当方の手元には角川文庫版の「なめとこ山の熊」がありますが、影絵作家の藤城清治さんの挿絵も素晴らしく、何回でも読み直したくなる宮沢賢治の名作です。

 

引用元:角川文庫クラシック「風の又三郎 宮沢賢治」より「なめとこ山の熊」