里山のツキノワグマ 16 〜「奥山エサ不足説」の功罪〜

 絶好の行楽シーズンとなったこの四連休中も行政機関にはツキノワグマの出没情報が次々と寄せられています。鳥獣行政に携わる関係者の皆さんの奮闘と熱意に敬意を表します。また日々情報をお寄せいただく県民・市民の皆さんにも感謝申しあげます。

 さて、ツキノワグマが人里に現れると、一般には「奥山にエサが無いからクマが里に出てくる」とか「人間が奥山を開発行為でめちゃくちゃにしたから、クマが住処を失って山から出てくる」という説明がなされます。しかし、毎朝実施している里山の定点観察やツキノワグマのフンの内容物調査から見ると、こうした解釈は「不十分であり、また時には間違っているのでは?」と思うことがあります

 

<当地のツキノワグマのフンは大変立派です。また周囲の旧薪炭林には多様なエサ資源があります>

 

 「新潟県魚沼地域では春先から晩秋まで親子連れのクマや親離れしてすぐの若クマ」が何回も目撃されますが、ツキノワグマの繁殖生理から見ると親子クマの存在は「繁殖できるだけの十分なエサ自然が奥山と里山にあることの証明」でもあります。また当地におけるツキノワグマの目撃件数が年々増加傾向にあることも「個体数の増加と行動圏拡大を現している」とも解釈出来ます。

 仮に奥山エサ不足説がクマ大量出没の唯一の答えであれば「ある年に未曾有のクマ大量出没が生じ」、翌年以降は「奥山と里山には餓死したツキノワグマが死屍累々となる”生態系クラッシュ”」となるように思いますが、実際にはこのような現象は新潟県魚沼地方では生じていません。

 「堅果類の豊凶とツキノワグマの出没数とに統計的有意差がある(相関関係にある)」のは「野生動物の専門家の方には常識」であっても、この原理を説明する際に「大切な前提条件を欠いてしまう」と、専門家の方の意図からズレた形の理解(誤解)を生じる事があるのかも知れないな・・と思っています。つまり、奥山の堅果類の豊凶はクマの大量出没要因のひとつではありますが、その他にもツキノワグマの市街地出没の背景には「長期的な個体数の推移」や「行動圏の変遷(特に旧薪炭林の成長に伴う里山のエサ場化=”里山のツキノワグマ”の存在)」など、(研究はされていても)一般にはあまり説明されていない要因が多数あるのです

 また「奥山エサ不足説」が強調されると、時に「だったら奥山にリンゴやナシやカキなど美味しい実のなる木をたくさん植えればいい」とか「緊急避難的に奥山のクマに人工給餌すべき」といったストレートな意見が出てきますが、「地域毎のクマの食性調査や重要樹種の構成など、エサ資源の内容や総量の評価が不十分だったり」「人工給餌の問題点(人里への誘因等)が軽視されたりすると」、逆に「人馴れ・里馴れした駆除予備群のクマを生じさせてしまう」など「事態を更に悪化(獣害・人身被害の発生)させ兼ねません」。こうした意味において、「奥山エサ不足説」には功罪両面があるように思います

 

 ツキノワグマに関する現在までの推移を見ると、新潟県魚沼地方では「安全管理上、昨年以上のツキノワグマの大量出没」となる事態も想定する必要があります。もちろん自然教育に携わる立場としては「大量出没にならないように強く願います」が、人身事故を防止する観点からも新潟県魚沼地方のクマ出没現場の最前線に立ち、ツキノワグマの定点観察を科学的な視点で続けてゆきたいと思います。