里山のツキノワグマ 92 〜「ツキノワグマ臆病説」を考える。「ナワバリ維持と他個体排除行為」〜

 新潟県魚沼市の市街地に「体長130cmのオスのツキノワグマが出没し、6名の方が負傷した」のは令和元年10月18日から19日にかけての事ですが、当方の観察結果や浅草山麓エコミュージアムでのベア・コントロール(クマ被害予防活動)から見ると、「ツキノワグマは臆病で心配性な動物」とする見解は「時に危険な認識である」と考えます。

 「ツキノワグマは臆病で心配性な動物」とする見解がどの段階で世に広まったのか定かではありませんが、「自動車が行き交う道路の近く」や「人家のすぐ裏の山」で春から秋まで行動している「里山のツキノワグマ」の生息実態を調査していると、この「ツキノワグマ臆病説」には大いに疑問が湧きます。「若齢個体のツキノワグマ」の中には、思春期の人間の若者と同じように「好奇心が強くリスクを厭わない個体(人間に近づいたり、人里や市街地にまで侵入する個体)」が含まれます。また子熊を連れた母熊はその母性本能から「子熊と人間との距離を確保しようとする意図により」「子熊を守るために人間を攻撃する例」も多数報告されています。

 

 山中で出会うツキノワグマは多くの場合、「人間の接近に早くから気づき、人間を遣り過ごし無用な接触を避けるのが基本パターン」です。しかしこれは「クマが臆病なのではなく」「クマの感知能力が人間よりも高いことの帰結」です。

 これとは別に「人里にある畑で農作業中の女性」や「人家近くでクリ拾い中の女性が一方的にクマに襲われる事例」などから考察すると、「ツキノワグマによる他個体排除行為(人、特に農作業中の女性をライバルのクマと勘違いしている可能性も含む※)」が人的被害のベースにあるとすれば、「ツキノワグマは臆病な動物」という認識から脱却して、「ツキノワグマは(他個体排除行為として)時に人間を攻撃することもある動物」という認識が必要な段階に来ているように思います

(※農作業中の女性がクマに襲われる背景についての記述はこちらです)

<新潟県魚沼地方では、人家のすぐ裏の山や道路の近くでツキノワグマが行動しています>

 

 冬眠明けのツキノワグマの餌資源として、当地(新潟県魚沼地方)ではタムシバやキタコブシの花、ミズバショウの葉、ブナの新芽等があげられますが、当然これらの植物は「一般に人間が食べる山菜ではありません」。またフキノトウなどは人間もクマも摂食しますが、フキノトウ等は無尽蔵と言っても良いくらい山野に存在し「クマと取り合いになるほど資源量が逼迫している訳でもありません」。それでも「人間以上の感知能力を有するツキノワグマ」から攻撃を受けるとすれば、その主な要因は「ツキノワグマのナワバリ維持に向けた他個体排除行為が発動した結果」として当方では解釈しています。

<人間の食料ではありませんが、タムシバの花やミズバショウの葉はツキノワグマの餌資源です>

 

 ツキノワグマは群れを形成せず、(仔育期間中を除いて)単独行動を志向する大型哺乳類です。また本州においては食肉目の動物の中では最大の大きさになる捕食者(頂点捕食者と見做すことも可能)ですから、「自身単独のテリトリー(ナワバリ)を確保する意図」から「他個体排除行為」をとると解釈することも可能です。ツキノワグマは鋭い爪を備えた強力な前足や牙で他個体を攻撃し、その対象が人間に向いた場合は死亡事故を含めた深刻な受傷事案となります。この意味においても「ツキノワグマは臆病で心配性な動物」とするのは「ツキノワグマによる実害を過小評価してしまう弊害が大きい」ように考えます